70.
第九話 3面張固定のリスク
「「カンパーイ!」」
カチン!
学生3人はドリンクバーのコーラとメロンソーダで。メグミは中生で乾杯した。
ゴクッゴクッゴクッ! と生ビールを飲むメグミはどこかオッさんぽくもあるが、大人の女性の色っぽさもあり魅力的に見えた。
「……っはーー! ウマい!」
メグミはテーブルに4分の1の大きさに折って敷いたおしぼりの上に中ジョッキをゴン! と置くと今日の事を話し始めた。
「まず、マナミは最強。まじでつよい。アンタには才能を感じる」
「えへへ~。そうですよねえ」となぜかカオリの方が喜ぶ。
「あんたら2人はさっさと上位リーグに上がって麻雀界を盛り上げちゃいなさい。今の調子なら出来るでしょ」
「がんばります」
「んでぇ。井川さん」
「はい!」
「最終戦だけ見てたんだけど、素晴らしいわね。特筆すべき点はふたつあったわ」
「ど、どこでしょう」
「ちょっと紙とペンない?」
「あります」とカオリがスッと差し出す。カオリは何かあればすぐメモ書きして自分のノートに書き込む習慣があるので筆記用具を持っていない時などない。ポケットの中には小さなリングノートとボールペン。それと小さな巾着袋。袋の中には赤伍萬が入っている。裸で持ち歩いていると、もし仮に対局中に病で倒れるなど不測の事態で気を失った場合にポケットを探った人がこれを見つけたらイカサマを疑うかもしれない。なので巾着に入れて持ち歩くことにしたのだ。
「ありがと」と受け取るとメグミはサラサラと牌姿を書いた。
三三四③④⑤⑥⑦⑦56799 ドラ5
「この形」
「あっ、私の五回戦東2局!」
「そ
71.第十話 レートはタバスコ「はい、チキンステーキとラージライスです。器はお熱いのでお気を付けください」「はい」とカオリ。「スパゲッティナポリタンとほうれん草のソテーです」「はーい両方私です」と奥から手を伸ばしてミサトが受け取る。「いただきまあす」「ちょっと私タバスコとってくるね」とミサトが出ようとするので「いいよ私が持ってくる。私もちょうど飲み物おかわりしたかったし」とカオリが気を効かせる。「ありがとう、じゃあお願い」「タバスコと言えばさ。レートはタバスコって話知ってる?」とマナミが言ってきた「なにそれ、知らない」「ネットで麻雀戦術論を公開してる『ライジン』って人の記事が面白くて。その人の日記に麻雀のレートについて書いた記事があったんだけど。それがすごくいいのよ」 そう言うとマナミはそのSNSを開いて見せてくれた。◆◇◆◇××年××月××日××時××分投稿者:ライジン【麻雀のレートについて】 ごきげんよう、ライジンです。 今回は麻雀のレートとギャンブルについて語って行こうと思います。 結論から申し上げて、麻雀はギャンブルの部類に属さない。素晴らしい『競技』です。なぜなら、麻雀はあまりにもルールに縛られているゲームであるから。 まず、リーチについてですけど。 麻雀がギャンブルだと言うのなら勝負手なので10倍賭け
72.第十一話 贅沢な生き方「はー、食べた食べた。ごちそうさまでした」 紙ナプキンで口元の汚れを拭うとメグミは先程の話の続きをし始めた。「でえ、井川さんの何が凄かったかって大三元の局ね」「あれは凄かったですよね!」とマナミも言う。「うん、結果的にアガれたし。凄いのだけど。何が凄かったかはその結果の部分じゃないの」「っていうと?」「あの時、私は井川さんの対面の手を見てたわ。対面にいたのは私の同期だからちょっとだけ興味があったの。そんなに仲良しでもないんだけどね」「そう言えば対面を見てましたね」「うん、でもね。途中で遠くから見てるマナミの瞳孔が開いたの。動きも止まるし。カオリちゃんなんか『ぽかん』と口開いてるしで。(何かが起きてる)って思って。自販機に飲み物買いに行くふりして移動してみたわ。対局者の周囲をグルグルするのはマナー違反だからね、さりげなーく移動したのよ。そしたら大三元じゃないの」「ど、瞳孔??」かなり離れて見ていたつもりだったがメグミはどんな視力をしているのだ。いや、それよりも。なぜ外野の反応に気付いたりできるのか。プロはこわいな。と思うマナミたちだった。「少なくとも、私の同期はそれで気付いて止めたっぽいわね。本来なら一萬が止まる手ではなかったから」「そんな、ごめんねえミサトぉ」「いいわよ、おかげで大三元になったし、結果オーライよ」「凄いのは井川さんのその雰囲気。全然分からなかった。少しも役満の空気にはなってなかった。たいした手じゃないよ、みたいな顔で。あんな演技はなかなか難しいわ」「あの時は自分は5200を張ってると思い込ませていたので」「どういうこと?」「あの白仕掛けはマックス16000ミニマム5200のつもりで鳴き始めた手でした。なので5200だと思い込んで打つことで役満を悟らせない空気作りを心掛け
【牌神話】〜麻雀少女激闘戦記〜 ――人はごく稀に神化するという。 ある仮説によれば全ての神々には元の姿があり、なんらかのきっかけで神へと姿を変えることがあるとか。 そして神は様々な所に現れる。それは麻雀界とて例外ではない。 この話は、麻雀の神とそれに深く関わった少女あるいは少年たちの熱い青春の物語。その大全である。 ◆◇◆◇もくじ➖️メインストーリー➖️第1部 麻雀少女激闘戦記一章 財前姉妹二章 闇メン三章 護りのミサト!四章 スノウドロップ第2部 麻雀烈士英雄伝一章 ジンギ!二章 あなた好みに切ってください三章 コバヤシ君の日報四章 カラスたちの戯れ➖️サイドストーリー➖️1.西団地のヒロイン2.厳重注意!3.約束4.愛さん5.相合傘6.猫7.木嶋秀樹の自慢話➖️テーマソング➖️戦場の足跡➖️エンディングテーマ➖️結果ロンhappy end➖️表紙イラスト➖️しろねこ。◆◇◆◇はじめまして、彼方です! 麻雀の楽しさを1人でも多くの人に伝えたくてこの物語を書いています。良いと思いましたらぜひ拡散の方をよろしくお願いします!この小説の読み方は──── ──これは時間の経過です。2つなら少しの、3つなら大きな時間の経過になります。── ────これは時間の遡りです。────これはちょっとした区切りです。◆◇◆◇これは視点変更か大きな区切りです。 これを意識していれば視点混乱などしないで読めると思います。それでは、彼方流麻雀小説の世界をお楽しみ下さい――
1. ――私は弱い。それを自覚したのはけっこう早くて。今でもその感覚はあるんだけど。 でも、弱いって得なこともあって。同じことを経験しても私の方が成長が多かったり、何気ないことから教えてもらえたりして。年下だろうが動物だろうが全てが教師になり得る。それが弱者の特権なのよ。ね、悪くないでしょ、そういうの。 私は弱い、とくにあの頃。まだ彼女達と出会ったばかりの頃。私は一番弱くって。一番、楽しんでた。第1部一章 財前姉妹 ~麻雀少女青春奇譚~ その1第一話 財前姉妹 ピピピピピピピピピピ……「やめ! 鉛筆を置いて下さい。答案用紙を回収します」 ここは日本プロ麻雀師団の試験会場。私はいまプロ試験を受けている。 休憩を挟んだら次は小論文だ。テーマはどんな麻雀プロになりたいのか。 私はそこに自分の想いを短く纏めた。【私のなりたいプロ】受験番号22財前香織 勝って笑うことは誰でも出来る。私は負けた時にも笑って勝者を讃えることの出来る人になりたい。真剣に向き合うことで負けの悔しさは増えるでしょう。つらくて涙の出る時も来るかもしれない。でも、本気でやり合えた試合を喜び。勝者を讃える人になりたい。私は麻雀そのもの。試合そのものを愛しているのだから。そんな器のプロになりたい。(なりたい、なりたい、か。……違うな。私はプロに、なりたいんじゃない。……必ず『なる』んだ!) そんな器のプロになりたい。のあと、私はこう加えて文章をしめた。 そしていつかは、誰よりも讃えられたプロに私は、なる。 これは後の麻雀界を大きく変えていく伝説の雀士たちの青春奇譚である。 ときは、遡る――────────────────── 私、財前(ざいぜん)カオリ。マナミと2人で財前姉妹と呼ばれる未来の麻雀プロよ。 私達姉妹は血の繋がりはない同い年の姉妹。親の再婚で16.17の時に姉妹になったの。でも、私達が打ち解けるのには全く時間は要らなかった。なぜなら私達は2人とも麻雀が大好きだったから。 女子高生で麻雀好きなんて、なかなかいない。なので奇異の目で見られるのを恐れた私は自分のこの趣味をなるべく隠していた。でも、同じ家で暮らす人にはバレるよね。まして姉妹で同じ部屋ならさ。 私の部屋には使ってない広いロフトがあった。そこを新しい家族であるマナミに使わせる事
2.第二話 類は友を呼ぶ 私、財前マナミ。旧姓は石井。カオリと2人で財前姉妹って言われる後の麻雀プロよ。ここではまだ女子高生だけど。 物語は高2の春に始まったわ。 私達は高2の春頃に親の再婚で一緒に暮らす事になって。同じ部屋を2人で分けて使ってたからプライバシーなんか無かったわ。(特にカオリには)でもそれが今では良かった気がするの。おかげでカオリが私と同じ趣味を持っていることにすぐ気付けたから。 カオリの部屋には麻雀の本が沢山あった。雑誌、漫画、戦術書。ここから察するにカオリの麻雀は理論で詰めてくものなのかも知れないと推測できた。 私は全く逆で、私の持ってる麻雀グッズと言えば携帯型ゲーム機の麻雀やリアルな麻雀牌など実戦ありきで、私は実戦経験を何より大切にするタイプなの。 だから私はこれは好都合と、カオリから学んでこうと思った。「麻雀部作んない?」 私は提案した。カオリには将棋部から探してもらうことにした。将棋部なら麻雀好きもいると思ったのだ。私は隣の席の黒髪の美少女を誘うつもりだ。彼女は佐藤ユウさん。普段は耳の隠れた髪型をしてるが私は隣の席だから彼女がピアスをあけてるのを知っている。そのピアスは小さなサイコロが2つピンゾロになってるピアスだった。サイコロを2つ使う遊びは麻雀しか私は知らない。きっと彼女は麻雀をする。そんな気がする。「佐藤さん。今日ちょっと放課後時間あるかな」 私は佐藤ユウに話しかけてみた。◆◇◆◇ 私は佐藤ユウ。少し歳の離れたお兄ちゃんが大好きな普通の高校2年生。うちは共働きで両親とも家にいなかったり家でも仕事してたりして小さい頃から私はお兄ちゃんに面倒を見てもらって育った。 そのお兄ちゃんも今では仕事に出ちゃってるからあまり遊んでくれないし。 わかってるよ。高校2年生にもなったらお兄ちゃんと遊んでる方が変なんでしょ。でも、私はお兄ちゃんと2人でやる麻雀が好きだったな。お風呂掃除とかゴミ出し係とか今日の晩御飯作るとか、そんなことを賭けてやる麻雀。おやつのプリンを賭けてる時に微差で負けたのには泣きそうだった。そんな時にも真剣勝負を汚したくないからって言って負けた私にはプリンを「やっぱいいよ」とか言って渡したりは決してしないお兄ちゃん。でも、最後に「もう飽きた」とか嘘ついて一口分だけくれるお兄ちゃん。 ああ、お兄ちゃん。大
3.第三話 テーブルゲーム研究部「…………ありません」 はー。負けた。私、将棋うまくないのかな。なんだろう、途中で面倒になっちゃうんだよね。読むの。自分の駒動かしてさっさと攻めたくなっちゃう。向いてないのかな。でも、悔しいな。 私、竹田杏奈。高校1年生。みんなにはアンって呼ばれてる。いとこのお兄ちゃんは将棋の天才で、私も自分で言っちゃうけど、そこそこアタマはいい方だからある程度、頭脳戦のゲームは強かった。 でも、ダメね。将棋は向いてないかも。攻めたい攻めたいって気持ちが前に出過ぎて読みが疎かになるのね。わかってはいるの。もう少し先まで考えなきゃって。でも、それが出来なくて。 それでも同級生の中では一番強かったんだけど、将棋部の上級生には敵わない。「やっぱ負けるとつまんないなー」と、私は当たり前のことを独りで呟いていた。 なんか、将棋にこだわることないかな。オセロとかチェスにも手を出してみようかな。自分の性格に合ったテーブルゲームがあるかもしれないし。 この学校の将棋部は強くて将棋部として知名度を上げていたが本来、この部活動の名前はテーブルゲーム研究部であり他のゲームも部室にたくさんあるのだ。私は久しぶりに倉庫を開けて別のゲームを見ていた。軍人将棋にダイヤモンドゲーム、モノポリーなど色々なゲームがそこには置いてあった。 その中で何だか分からない書道セットのようなエンジ色をしたケースが気になった。なんだろこれ。「よっ……と、なにこれ重っ!」コンコン! その時、部室の扉を叩く音がする。「どうぞー」「失礼します」 入ってきたのは黒髪ボブが似合う美人だった、青のリボンだから2年生だ。うちの学校はリボンが3色あって学年がわかるようになっている。今年度は1年生が赤色、2年生が青色、3年生は黄色のリボンである。正直赤が一番可愛い。私は今年ここに入れてラッキーだった。来年だったら試験を受けてすらいないかもしれない。黄色のリボンはピンとこない。少なくとも、私の好きな色ではない。青もしっくり来ない。性格に合わないと思う。赤の年度だったから入学を決めたのだ。 しかし、今入ってきた2年生には、やや切長の瞳に黒髪ボブで青のリボンというクールビューティーな組み合わせが見惚れる程似合っていた。「あなた、それ」 クールビューティーな2年生がその時急に私に近寄って
4.第四話 麻雀部結成 カオリもマナミも仲間を見つけたので麻雀部(非公式)は部活動が可能になった。4人いれば卓は立つ。とりあえず4人はファミレスに集まって、自己紹介と今後のことを決めるミーティングを行なった。「さて、今日集まってもらったのは他でもありません。私達は本日より『麻雀部』となります。部長は私、財前マナミが担当しましょう。こっちは私の妹のカオリ。そしてこちらの方が佐藤ユウさん私達は高校2年生よ」「こちらは私の高校の1年生。名前は…… なんだっけ」「竹田アンナです」「そう、竹田さん。彼女を将棋部から引っ張ってきました」 彼女達は話し合い、どこで活動をするか? その拠点をまず決めた。────「ということで、活動拠点はご両親が不在の時が多い佐藤さんちで決まりね」「隣も畑とか駐車場とかで離れているそうだから近所迷惑にもならなくて丁度いいね」 活動拠点を決めた所で全員が連絡先を交換してグループトークをできるようにして今日の部活動は終わりにした。そして次の日 早速、4人は放課後に佐藤ユウの家に集まることに。 高校は違っても帰る時間は同じくらいなので駅前で待ち合わせる事にした。佐藤ユウの最寄駅は水戸駅でそこから徒歩15~20分程の所に佐藤家はある。決して近くはないが友達と話しながら一緒に歩いていたら何も気になりはしなかった。むしろその時間も楽しいと思える青春時代そのものであったのである。「ただいまー」「おじゃましまーす」「おかえり」 佐藤さんの家には誰か男性がいるようだった。今日はご両親は不在だと聞いたのだが。「お兄ちゃんが居るみたい。でも大丈夫、お兄ちゃんは麻雀部を歓迎してくれるはずよ。だってうちのお兄ちゃんは雀荘で働いているの」「それは好都合! なら、お兄さんには顧問役をやってもらいましょう。顧問兼立会人」「引き受けてくれるかなあ」「大丈夫よ、美少女が4人でお願いしたら断る男なんかいないわ」「それもそうね」 少女たちは好き勝手に言っていたが実際、4人がお願いしたら簡単に佐藤兄は引き受けた。「えー、というわけで佐藤スグルです。顧問を引き受けたからには全力で頑張ります。よろしくお願いします」「部室はお兄ちゃんの部屋でいいよね!」「なんで、それは自分の部屋使えよ」「だって私の部屋は四畳半よ? お兄ちゃんの部屋は六畳だしコタ
5.第伍話 読みの竹田 まずは麻雀をやろうということで細かいことを考えるのはとりあえずやめて牌を触ることになった。 コタツの板をひっくり返す。そこには麻雀用のラシャがある。(これは特別な作りではなくて古いタイプのコタツは全部そうだ)押し入れから牌を引っ張り出してきてガシャッと広げる。黄土色の練り牌だ。「赤はどうする?」「1枚ずつ入れよう」「そうね、それが一般的だし、そうしましょう」「点数は?」「25000持ち」「イチニーヨントーね」 イチニーヨントーとは一万点棒を1本、五千点棒を2本、千点棒を4本、百点棒を10本という状態を原点としますという意味だ。一般的な麻雀セットに五百点棒は入っていないのでこれが通常。 牌をジャラジャラとかき混ぜて裏返しにして17枚を集める。それを1列としコタツの端っこでシャンときれいに揃えると、もう17枚をさらにそこにきれいに揃えて2列目も整え、その2列目の上に1列目を乗せる。ガシャン これを4人ともがやって『山』が完成する。牌の枚数は34種136枚なので17×8で丁度だ。サイコロを振って親を決めたらゲーム開始! ついにこの日、麻雀部の記念すべき一回戦が始まったのであった。東家 財前カオリ南家 財前マナミ西家 佐藤ユウ北家 竹田アンナ立会人は佐藤スグル「「よろしくお願いします!!」」 元気よく挨拶をしてゲームが始まった。「リーチ」打⑨ 東1局は親のカオリが見事な山読みをして先制リーチを打つ。しかしこの場には竹田アンナの罠があったのだった。その罠にカオリはものの見事にハマってしまう。竹田アンナ手牌二三八八⑦⑧233445西西 ドラは3 高め高めと引けばタンヤオも付くのでここから切る牌は西が合理的だと言える。が、アンナがこの時見ていたのはカオリの捨て牌とユウの捨て牌。 カオリの捨て牌には④③が4巡目5巡目と並んでいた。そして西家のユウは2巡目に西切り。アンナの選択打八 立会人のスグルはそれを見ていてこっそり耳打ちする。(あのさ、竹田さんは役は全部知ってるのかな?)(あ、タンヤオのことですか? 大丈夫ですよ。知っててコレ切りなんです。あとで理由は言いますね) スグルには意図が分からなかった。西はあとで安全牌として落とすことを考えてるのだろうか? でもこれは勝負手だからオリや迂回を考
72.第十一話 贅沢な生き方「はー、食べた食べた。ごちそうさまでした」 紙ナプキンで口元の汚れを拭うとメグミは先程の話の続きをし始めた。「でえ、井川さんの何が凄かったかって大三元の局ね」「あれは凄かったですよね!」とマナミも言う。「うん、結果的にアガれたし。凄いのだけど。何が凄かったかはその結果の部分じゃないの」「っていうと?」「あの時、私は井川さんの対面の手を見てたわ。対面にいたのは私の同期だからちょっとだけ興味があったの。そんなに仲良しでもないんだけどね」「そう言えば対面を見てましたね」「うん、でもね。途中で遠くから見てるマナミの瞳孔が開いたの。動きも止まるし。カオリちゃんなんか『ぽかん』と口開いてるしで。(何かが起きてる)って思って。自販機に飲み物買いに行くふりして移動してみたわ。対局者の周囲をグルグルするのはマナー違反だからね、さりげなーく移動したのよ。そしたら大三元じゃないの」「ど、瞳孔??」かなり離れて見ていたつもりだったがメグミはどんな視力をしているのだ。いや、それよりも。なぜ外野の反応に気付いたりできるのか。プロはこわいな。と思うマナミたちだった。「少なくとも、私の同期はそれで気付いて止めたっぽいわね。本来なら一萬が止まる手ではなかったから」「そんな、ごめんねえミサトぉ」「いいわよ、おかげで大三元になったし、結果オーライよ」「凄いのは井川さんのその雰囲気。全然分からなかった。少しも役満の空気にはなってなかった。たいした手じゃないよ、みたいな顔で。あんな演技はなかなか難しいわ」「あの時は自分は5200を張ってると思い込ませていたので」「どういうこと?」「あの白仕掛けはマックス16000ミニマム5200のつもりで鳴き始めた手でした。なので5200だと思い込んで打つことで役満を悟らせない空気作りを心掛け
71.第十話 レートはタバスコ「はい、チキンステーキとラージライスです。器はお熱いのでお気を付けください」「はい」とカオリ。「スパゲッティナポリタンとほうれん草のソテーです」「はーい両方私です」と奥から手を伸ばしてミサトが受け取る。「いただきまあす」「ちょっと私タバスコとってくるね」とミサトが出ようとするので「いいよ私が持ってくる。私もちょうど飲み物おかわりしたかったし」とカオリが気を効かせる。「ありがとう、じゃあお願い」「タバスコと言えばさ。レートはタバスコって話知ってる?」とマナミが言ってきた「なにそれ、知らない」「ネットで麻雀戦術論を公開してる『ライジン』って人の記事が面白くて。その人の日記に麻雀のレートについて書いた記事があったんだけど。それがすごくいいのよ」 そう言うとマナミはそのSNSを開いて見せてくれた。◆◇◆◇××年××月××日××時××分投稿者:ライジン【麻雀のレートについて】 ごきげんよう、ライジンです。 今回は麻雀のレートとギャンブルについて語って行こうと思います。 結論から申し上げて、麻雀はギャンブルの部類に属さない。素晴らしい『競技』です。なぜなら、麻雀はあまりにもルールに縛られているゲームであるから。 まず、リーチについてですけど。 麻雀がギャンブルだと言うのなら勝負手なので10倍賭け
70.第九話 3面張固定のリスク「「カンパーイ!」」カチン! 学生3人はドリンクバーのコーラとメロンソーダで。メグミは中生で乾杯した。 ゴクッゴクッゴクッ! と生ビールを飲むメグミはどこかオッさんぽくもあるが、大人の女性の色っぽさもあり魅力的に見えた。「……っはーー! ウマい!」 メグミはテーブルに4分の1の大きさに折って敷いたおしぼりの上に中ジョッキをゴン! と置くと今日の事を話し始めた。「まず、マナミは最強。まじでつよい。アンタには才能を感じる」「えへへ~。そうですよねえ」となぜかカオリの方が喜ぶ。「あんたら2人はさっさと上位リーグに上がって麻雀界を盛り上げちゃいなさい。今の調子なら出来るでしょ」「がんばります」「んでぇ。井川さん」「はい!」「最終戦だけ見てたんだけど、素晴らしいわね。特筆すべき点はふたつあったわ」「ど、どこでしょう」「ちょっと紙とペンない?」「あります」とカオリがスッと差し出す。カオリは何かあればすぐメモ書きして自分のノートに書き込む習慣があるので筆記用具を持っていない時などない。ポケットの中には小さなリングノートとボールペン。それと小さな巾着袋。袋の中には赤伍萬が入っている。裸で持ち歩いていると、もし仮に対局中に病で倒れるなど不測の事態で気を失った場合にポケットを探った人がこれを見つけたらイカサマを疑うかもしれない。なので巾着に入れて持ち歩くことにしたのだ。「ありがと」と受け取るとメグミはサラサラと牌姿を書いた。三三四③④⑤⑥⑦⑦56799 ドラ5「この形」「あっ、私の五回戦東2局!」「そ
69.第八話 伝説の姉妹「はい、全卓終了しましたので新人は牌掃除をして他の選手は速やかに退場して下さい。お疲れ様でした!」 全ての卓が対局を終えたら新人は牌をおしぼりと乾いたタオルで磨いてキレイにしてから会場を出る決まりだ。仕事でいつもやっているカオリとマナミは素早いがミサトは初めての事なのでカオリに教えてもらいながらやるが、中々うまく牌が持ち上がらない。それもそのはず、全自動麻雀卓は牌の中に鉄板が入っていてそれを卓が磁石で持ち上げて積んでいく仕組みだが、プロリーグは対局前に牌チェックという作業を行い少しでも亀裂や落ちない汚れ、欠けてる角などを発見したら即交換するので牌の中にある鉄板の帯びた磁力がマチマチ。持ち上げようとしてもカチッと揃いにくいのだ。「これは、ミサトじゃムリかもね。私達でやるからミサトはその辺でメグミさんと待ってて」「わかった」 カオリは手先が器用なので扱いにくいリーグ戦の牌もチャチャッとキレイにして2卓分清掃した。「はやーい」とマナミも驚く。「じゃあ行きましょうか」と成田メグミが先導する。新人3人にゴハンを奢ってくれるらしい。 3人は初めてのリーグ戦を終えて自分はついにプロ雀士になったんだ。という実感をしていた。それは、カオリにはひとつの夢だった。(夢って叶うんだなあ)そう思っていたらさっき牌掃除をした時から現れていたwomanが《何を言ってるんですか》と思考に入り込んできた。《まだこれからですよ。でも、今日の対局。いい麻雀してましたね。私は嬉しいです。カオリはどんどん強くなる》(コーチがいいからね)《そうですよ、神様を味方につけた姉妹なんてきっとあなた達だけですよ。伝説の姉妹になりなさい。きっとその願いは叶いますから》「カオリちゃんさっきから無言だけどどうしたの?」「へっ? あ、ああ。なんでしたっけ」「だからー、和食と洋食どっちにするかの話でしょ」
68.第七話 試される時 財前姉妹が暫定1位2位という衝撃的なデビューを飾っている時、井川ミサトだけが絶不調だった。なんと、ミサトはラスラスラスと3連ラスを引いて身も心も打ちのめされていたのだ。 しかし、そんな時だからこそプレイヤーの真価が問われる。この今日の最終戦でどんな麻雀が打てるか。 3回ラスになろうとリーグ戦は始まったばかり、5節あるうちの1節目なので20回戦のうちのほんの3回に過ぎない。ここは気持ちを切り替えて行くのが正解だが、初めてのリーグ戦でラスしか取れない状態から復活できるか。不調を抜け出せるか。マイナスイメージを持たないで戦えるのか。まだ学生のミサトにそんな精神力があるのか。 いま、ミサトの器が試される。 ひとつだけ幸運だったことがあるとすればミサトの卓も5人打ちなので三回戦終了後に一旦抜け番だということ。この抜け番でどこまで気力を持ち直せるか。(くそぅ、大好きな麻雀が…… いま、こんなにつらい。分かってる。楽しいばかりじゃないって。いま、私は、試されている……!)(まさか、あのミサトが3ラス食らうなんてね)(ミサトならきっと持ち直すわよ) と、マナミとカオリは先に対局を終えて遠くから観戦していた。(がんばれ!)(がんばれミサト!) ミサトの卓の五回戦。まだミサトにチャンスは来ていなかった。苦戦が続くミサト。ミサト手牌 切り番一一四六八⑤⑧⑨455白白中 ドラ⑤ ミサトはここから⑧を切った。ピンズはドラを活用した面子をひとつ持てばいい。それより役牌の重なりで打点を作る手順だ。すると中が重なる。打⑨(中切らなくて良かったわね)(これでもだいぶ
67.第六話 メンタルコントロール「ロン」二三四②②②③④22344 3ロン「8000」 カオリのリーグ戦はダマ満貫を放銃する所から始まった。(あちゃー。でもこんなの分かんないし。始まりのマンガン失点くらいはなんて事ないわ。こういう持ち点で始まるゲームだと思えば) カオリはマイナスになってもそれが最初の設定点数だと思い込むことで気持ちを落ち着かせるという術を持っていた。 つまり、今回の場合はスタートから17000点持ちのゲームだと思い込むということ。そこからどうやってトップをとるか。元からそういうルールの遊びだと思えば今の放銃もなんら痛くない。 もちろんそれにより勝利条件が軽くなるなんてことはないのだが、気持ちに焦りがなくなれば自滅する可能性も減るというものだ。 勝負事でよくある敗因の最たるものは『自滅』であり、それを抑える効果があるとすればこのメンタルコントロールを狙った思考法は重要な考え方のひとつであると言えるだろう。 このような、気持ちを軽くする方法は全て佐藤スグルに教えてもらった。現役選手はやはり戦術本では学べない一味違うことを教えてくれる。 その後、カオリは見事に冷静な仕掛けや落ち着き払った降りを見せる。ラス目とは思えないほどのクールさで正確無比な麻雀をした。 落ち着いた状態で迎えた南場の親番。トップ目にドラポンを仕掛けられるも、ここだけはグイグイ押してアガリに行く。そして――「ツモ」カオリ手牌①①①②②⑥⑥⑥南南(東東東) 南ツモ「8000オール」 役役ホンイツトイトイ三暗刻炸裂! 終始落ち着いて打てたカオリはまるで当然
66.第伍話 本気だけを出す場所 マナミはよく知った顔と同卓だった。マナミ達のアルバイトしている雀荘『ひよこ』で平日の昼間だけ働いている成田メグミプロが同卓だったのである。「マナミちゃん。シャキッとした服装も似合うわねえ」「ありがとうございます。今日はよろしくお願いします」「お手柔らかにねえ。まあ、私は本気出すけど」「私も本気でやるしか能がないので。本気でやらせてもらいます」 すると成田メグミはハハハ! と笑った。屈託ない笑顔に眼光だけ鋭く光らせて。「いいわよ。お手柔らかになんて、そんなことするわけないし。プロリーグは本気だけを出す場所だものね」と言う。なんてことない会話ではあったが、この時の成田の雰囲気にマナミはゾッとした。(本気だ) いつもニコニコしてお客さんに『メグちゃん』と愛称で呼ばれて愛されている成田の勝負師の顔を初めて見た。(今更だけど、やっぱりメグミさんはプロなんだ。こんな顔を見せるなんて) 気圧されそうになる心を奮い立たせてマナミは勝利宣言をかますことにした。やる事が大胆なのはマナミの良さである。(ヨシッ!)「私はデビュー戦を必ず勝利で飾ります。今日の私と当たったのは不運でしたね」「ふっ、生意気ね。プロの厳しさを知ることになる最悪なデビュー戦にしてあげるわよ」「勝負!」──────「まいった」 負けたのは成田の方だった。「マナミちゃん。いや、財前真実プロ。あなたはこんな階級にいる女じゃないようね。さっさと昇級して上位リーガーになりなさい」「メグミさんも強かったです。何度も危ない場面があった。今日の私はちょっと勘が良かった。それだけです」「それが、重要なんじゃない。あーあ、私
65.第四話 潰し合うつもりで「いーい? 私たち今日は当たらないけど、今後もし当たったらリーチ後の見逃しは絶対にしないこと。どんなに戦略性があってもよ。どうしても見逃したい局面は役を作ってダマにするの。分かった?」「わかりました~」「ミサトはマジメねえ」 ミサトの提案で麻雀部の3人は見逃しをかけない。助け合わない。お互いを潰し合うつもりでやる。そんなルールを設けることになった。 かつて、師弟関係にある雀士が師匠から出た当たり牌を見逃して麻雀界から熱気が急激になくなった八百長だと言われる事件があった。それが戦略性があろうと無かろうと、そこは問題ではないのだ。胡散臭いと思われた時点で終わりなのである。 この時のミサトの提案があったから、のちにどんなに3人が仲良くしていてもこの3人は友達同士でズルをしたりは絶対してないという信頼を得ることが出来るようになる。 他人からどう見えるか、どんな疑いがかかるか、それらを予測するのも読みの一部であると言える。その程度も分からずに師匠からの当たり牌を見逃しなどしてると大騒ぎになるという例も歴史が証明している。麻雀ファンを失望させない打ち手であること。それもプロ雀士の条件だとミサトは思っているので、外見は美しく、言葉はきれいに、姿勢は正しく、麻雀はテンポよく正確に、もちろん、ズルなんか絶対しない! を心掛けて新世代のニューヒーローとなることを目指していた。そこには、好敵手の財前カオリや財前マナミのほか女流リーグ覇者の白山シオリという強烈な敵もいたがミサトは総合的に見て自分だって負けてないと思っていた。あとは麻雀で勝つだけ。と。 対局開始まであと3分。ミサトは水を飲んで気持ちを落ち着かせた。緊張してるのを感じていたのでトイレで鏡を見て(強張るな。リラックス、リラックス)と暗示した。パンッ!! リラックスの暗示を自分にかけるかのようにミサトは手を叩いた。(私は大丈夫。私は強い)
64.第三話 プロリーグ前日《カオリ、どうしましょう》(なにが?) 赤伍萬の付喪神【woman】は財前カオリに憑いて今ネット麻雀をやっていた。親番中でドラは北woman手牌 切り番二三赤伍六七八九⑦⑧⑨23北北《私、自分を捨てることになりそうです》(何で? 八九を落とせばいいじゃん!)《それだとチャンタやイッツーがなくなって鳴きが出来ないから…… 無しです》(なら23落とせば?)《ダメです。それだと四しか安心してチー出来ないので、受けもあまり良くないですし》(じゃあどうすんの?)《この手の正着打は六萬切りでしょうね》(六萬か……)《これが唯一のムダなし手順です。チャンタ狙いなので一と1どちらからでも鳴いてテンパイに不安はない受けが残りますし安め引きでもリーチで親満は確定します。それに……》(分かった、六ね) 切り番にのんびり考える人はいない、womanの話をろくに聞きもせず打六とするカオリ。《あっ、あっ、私が。私が出ていっちゃいますうう》(うるさいなあ、六切りってwomanが言ったんじゃない。違うの?)《違わないです。他の手順には必ず浮き牌が出ますが六切りだけは浮き牌ゼロの構えです。ここを切る時だけ全体で打ててます。他の手順に存在しない強味。それは次切る牌が決定していない手順であるということ。これこそが最も強い攻めの一打であると言えます》次巡ツモ四(赤伍切らずに済んだ! ある種の理想的テンパイね!)《良かった~》『リーチ』数巡後……